地下シェルターの存在は、皆の大きな希望となった。銀八は言葉通り、いちご牛乳で治ったらしく次の日には平然と歩いていた。そして、食料が残り一日分となった頃、高杉の具合がよくなった。皆は歓喜し、次の日である12日に地下シェルターへ移動することを決めた。
「……浮かない顔してんな」
 もう最後になるであろう、学校での食事中に、銀八から話しかけられた。は乾パンを食べながら、首を振る。
「そんなことないよ、地下シェルターには希望がある。もしかしたら、過去に戻れる装置だってあるかもしれないし……」
 ここに飛ばされた理由もわかるかもしれない。
 心の中でそう付け足して、無理やり笑みを浮かべたが、作り笑いだとすぐに見破られたらしく、銀八は小声で言った。
「まだあの話を引きずってんのか?」
「引きずってないよ、銀八が私に罪はないって言ってくれたから」
「……お前は昔から嘘が下手だな」
 銀八はため息混じりに言い、の頭を軽く撫でた。
「あれは仮定の話だっつったろ。そんな重く受け止めるな……ごめんな、俺があんな話をしたのが悪かった」
 はただ頷くしかできなかった。手記は変わらずポケットに入れたままだったが、それを出す気にはなれなかった。

 翌朝、皆で僅かな食料と物資を平等に持ち、地下シェルターへと出発した。車のガソリンは尽きかけていたが、銀八の原付という手段があった。しかし優先して乗るべき者――高杉が自力で歩くと言ったため、車は学校に置き、皆で歩いてシェルターへ向かうことにした。
 道中では地面に突き刺さった新幹線の頭部や、道路らしきコンクリートが砂に埋もれているのを見た。何か物資はないかと、そのたびにシャベルで掘ってみたが何も見つからなかった。
 最初は楽しげに歩いていた皆も、一時間もすれば無言になっていた。疲れももちろんあったが、そうした残骸を目にするうちに、すべてが荒廃した世界に、本当に地下シェルターはあるのかという疑念を抱いていた。
「……本当にあるのカ? そんな地下シェルターが」
「うるせェな、チャイナ。近藤さんたちを信用してねーのか?」
「もちろん信じてるアル。けど、どうしても不安に思ってしまうネ……おなかもすいてるから、余計にそう思うんだと思う」
「それもしょうがねーことだ」と銀八が原付を引きながら言う。
「一週間近くこんな生活だし、俺たちは限界状態に近い。実際にたちの言う装置を見てもいないから、信じられなくなるのも当然だ……だがな、もう信じるしか道はねェ。いつまでも学校にいたって、みんなで野垂れ死ぬだけだ」
 それから一時間ほどたった頃、先頭を歩いていた近藤が立ち止まった。地図と場所を確認し、それから振り返る。
「多分この辺だと思う! シャベルで掘ってみよう」
 土方たちがシャベルで穴を掘ると、急に空洞が現れた。懐中電灯で中をのぞくと、階段が下へと続いている。
「地下シェルターの入り口か?」
 近藤が降りようとしたが、「待て」と銀八が制した。
「俺が先に行く」
 原付を置き、近藤から懐中電灯を受け取ると、銀八は降りていった。皆も恐る恐る後に続いた。もその後に降りていく。
 階段を降りきったところで、光を反射するガラスのような壁があった。そしてその壁の近くには、驚いたことに女性が立っていた。
「誰だ、テメーは……!」
 身構える銀八に対して、その女性は柔らかく頭を下げる。
「自律型からくりロボットのたまと申します。お待ちしておりました、銀八様、三年Z組の皆様、そして――様。質問があるかと思いますが、まずは中にお入りください」
 たまに案内されるがまま、ガラス扉をくぐり中に入る。天井の電気で照らされた内部は広く、コンクリートの壁で覆われていた。部屋がまだあるようで、数箇所重厚な扉がある。
 お座り下さい、と促され、部屋の隅にあった大きなソファに座る。まるで自分たちのために、人数分用意されたかのようだ。ふかふかの感触に、歩き疲れていた皆は歓声を上げる。
「ソファなんて久しぶりに座ったネ!」
「疲れがとれそう」
「早く家に帰りてーな」と呟いた土方の言葉に、皆が口を噤む。皆が同じ気持ちだった。そして、帰れるかどうかはたまにかかっていた。
 向かい合うように立っているたまへ、銀八が言う。
「……この状況を説明してくれ、何で俺らはここに飛ばされたんだ?」
「皆様もうわかっていると思いますが、ここはXXXX年の、皆様にとっての未来になります。環境崩壊とウイルスによって人類は滅亡し、生物は独自の進化を遂げました……この未来を変えるため、様と銀魂高校の皆様をここへ転移させました」
 たまはこちらを見た。感情のない瞳だった。
様が過去に――皆様にとっての現代に――していた研究により、人類が滅亡する原因となったウイルスが生まれました。開発者である様に、この未来の現状を知っていただき、そしてこの未来を変えていただくためにここへ転移いたしました」
「……俺たちも転移させた理由は?」
様一人だけ転移させても、食料も水もない状態ですので、学校ごと転移させることに決めました。銀八様たちが学校にいることはわかっていましたが、この場所にたどり着いていただくためにも、様以外にも人はいた方がいいと判断しました」
「俺たちは帰れるんだな?」
「……それは様にかかっています。最初に過去に戻ることができるのは様だけです。様がこの未来を変えた時、銀八様たちも帰ることができます」
「……脅しの道具ってことか」
「どう捉えていただいても構いません」
 たまの言葉に静まり返る。推測が当たり、は俯いた。銀八たちを過去に返すためには、自分がこの未来を変えて人類を救わなければならない。この未来を変えるのは自分しかいない。
「……わかった」
 は決意した。
……!」
「私が戻って何とかしないと、銀八もみんなも帰れない。だったらやるしかない」
 立ち上がったに、たまは微笑んだ。
「……様ならそう言ってくださると思ってました。少しでも役に立てればと、この世界の土壌と観測データを集めたのでお渡しします」
 外の土が入った瓶と、DVDを渡される。
様にはこの未来を変えられる分岐点まで遡っていただきます。ここに来たという記憶は抹消されません」
「……成功したとしたら、銀八たちの記憶も抹消されないの?」
「銀八様たちが過去に戻ることができるようになった場合、銀八様たちの記憶は抹消されます」
「えっ!」
「……まあ、そりゃそうだろ」と銀八は呟いて、立ち上がった。
」と呼びかけられ、銀八と向かい合う。
「俺らのことは気にしなくていい。でもやれるだけのことはやってくれ」
 は頷いた。これで最後の別れになるかもしれない。そんな考えが浮かんだが、すぐにかき消した。そんな別れにはさせない。そんな未来にはさせない。
「……うん。20XX年で会いましょう」
「ああ」
「……では様、目を瞑ってください」
 目を瞑る瞬間、たまがこちらに手を伸ばしたのがわかった。

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 が過去に戻って、それから皆は静かにその時を待った。祈るように両手を組む者、目を閉じている者、そわそわと足を揺する者。銀八は白衣のポケットからペロペロキャンディを取り出し、口に咥えた。最後まで取っておこうと決めていた糖分だった。
 銀八はを信じていた。は学生時代から、すべてにおいて優秀だった。彼女が人類を救う鍵になると言われても、すんなり納得できてしまうくらいに優秀だった。なれる道はたくさんあった中で、は研究者を選んだ。人のため、環境のために努力することを選んだ。
「……今、変わりました」
 目を閉じていたたまが口を開いた。たまは微笑んでいた。
「外に出てみてください」
 銀八たちは立ち上がり、外に出て階段を上った。
 上るにつれてまず目に付いたのは、透き通るような真っ青な空、そしてこちらに入ってくる優しい日差しだった。駆け足で上ると、そこには緑が広がっていた。まるで森のように植物が茂り、鳥の鳴き声も聞こえてくる。
 生徒たちは歓声を上げた。
さん、できたんだ!」
「人影も見えるアル!!」
 よく見ると、森の中、遠くの方にビルのような建物があり、人影も見えた。
 ふと足元に目をやると、ラナンキュラスが咲き誇っていた。幾重もの花弁を咲かせた花に向かって、銀八は呟いた。
「やったんだな、……」
 瞬間、光が強くなった。太陽光とは別の、柔らかい光だった。銀八は目を閉じた。懐かしい匂いが蘇るのを感じながら。