翌日も同じく、曇り空だった。風はほとんどなく、ちょうどいい気候だった。荒涼とした大地はなんの変化もなく、静かに佇んでいる。
まだ皆が寝入っている中、葵はそっと体育館を出て、保健室へ向かった。高杉は寝ているようで、かすかに胸を上下させていた。容態はいいようだ。高杉の傍には来島がいて、ベッドに突っ伏して眠っているようだった。彼女の上にかかったジャケットをかけ直してあげて、銀八の方を見る。ばちり、と目が合い、葵は少し気まずくなった。
「……起きてたの」
小声で聞くと頷かれた。
「大丈夫? まだ痛む?」
「ああ……けど昨日ほどじゃねェ。葵にお願いがあるんだけど……」
「何?」
「国語準備室にあるいちご牛乳、持ってきてくれね? あれがあればすぐ治る気がする、カルシウムだから」
思わぬお願いに葵は笑ってしまった。
鍵を受け取り、国語準備室へ入る。言葉通り、いちご牛乳はジャンプなどが乱雑に置かれた机の上にあった。ついでに食料を確認する。残り五日分くらいだろう。その間に、この状況を打破できるだろうか。
昨日の銀八の言葉が蘇る。もし、本当に自分が未来を変えるために飛ばされたのだとしたら――。
葵は考えるのをやめた。そんなことを考えて何になる。今は少しでも打開策を見つけることが大切だ。
いちご牛乳を持っていくと、来島が起きていた。
「おはよ」
「おはようっス」
「……高杉くん、ずっと眠ったまま?」
「そうっス、起きるか心配で……」
「今は回復の途中だから、まだ寝かせてあげた方がいいよ」
そう助言したあと、銀八の方へいちご牛乳を渡す。
「ありがと」
言って、銀八は1リットルのいちご牛乳を、ごくごくと直に飲み干した。
「ぷはー、五臓六腑に沁みるぜ」
「……これでほんとに治る?」
「ああ、治る! この日のために取っといたって言ってもいいな、うん」
よくわからない自信に笑いながら、葵は言った。
「また桂くんたちと、研究所に行ってみるよ。もっと隈なく探して、何かないかみてみる。現状、手がかりがあるのはあそこだけだから」
「……あんまり気負うなよ」
銀八は言った。
「昨日の話はもしもの話だ。それが本当だとしても、お前に罪はねーし、俺らごと飛ばしてきた奴が悪い……手がかりを見つけられなくても、お前に責任はねェ」
葵は泣きそうになった。銀八の言葉が心に沁みる。
「ありがとう、銀八。行ってくるね」
葵は桂たちを乗せて研究所へ車を飛ばした。今度はもっと研究所を探索するつもりで、シャベルなども持ってきていた。
研究所のドアを開き、四人はそれぞれ探索を開始した。内部の構造はわからなかったが、電気が通っているということは、天井の電気を付けるためのスイッチがあるはずだということで、まずそのスイッチを見つけるために壁沿いを探った。そして――。
「スイッチあったぞ!」
パチ、という音ともに、天井の灯りがぱっと付いた。葵たちは喜び、また探索を再開させた。
床に散らばった書類は、ところどころ読めない部分もあったが、大方温暖化に関するものだった。手記には、雨が降らず砂漠と化してきている恐怖があらわれていた。
――……ん?
ふと目にとまった文章があった。
ストレス応答遺伝子を改変する過程で生まれてしまった、対環境型ウイルスが予期せぬ進化を遂げている。ワクチンが開発されているが、その速度を上回る形でウイルスが猛威を奮っている。人類が滅亡するのも時間の問題かもしれない……。
ストレス応答遺伝子を改変する研究は、葵が現代でしていたものだった。生物が、温暖化による高温などのストレスに対応できるようにする研究だ。まだ公にはされていなかったが、実現出来れば作物は多く収穫でき、発展させると人間のがん耐性などの医療分野にも貢献できるため、室長からも期待されている。
――もし、私の研究の過程で、そのウイルスが生まれたのなら。
銀八の話が現実味を帯びてくる。人類を滅亡させた直接的な原因が自分だとしたら? この未来を変えるためにここへ飛ばされたのだとしたら?
「……葵殿」
考え込んでいると、桂に声をかけられた。
「大丈夫ですか? 顔色悪いです」
葵は桂に文字が見えないよう、手記を折りながら「大丈夫」と答えた。
「少し休んでた方が――」
「避難シェルターの地図があったぞ!」
桂の声を遮るように、近藤の声がした。咄嗟に紙片をポケットに入れ、二人で近藤の元へ行く。彼は古びたボロボロの紙を持っていた。
紙には地下シェルターの地図が描かれていた。場所は――。
「……たぶん、港区だと思う」
「港区!?」
「だいぶ遠いな……」
「でも歩いて二時間くらいじゃないか?」
「そうね、そのくらいだと思う」
「地下シェルターなら非常食も学校より多くあるだろうし、怪物にも襲われる危険は少ないだろう。行ってみる価値はある!」
「おう!」
士気をあげる桂たちとは違い、葵は後ろ向きだった。もちろん地下シェルターは学校よりずっといいところだと思うが、先程の疑惑が心に付きまとっていた。もし自分の研究のせいで人類が滅亡したのだとして、自分を転移させるために学校ごとここへ来てしまったのだとしたら――地下シェルターでそれが明らかになれば――銀八にも、皆にも合わせる顔がない。銀八は気にするなと今朝言ってくれたが、やるせのない気持ちは引くことはなかった。