欠陥すべてに花を埋め
新学期が始まり、ショーンは母と共に9と3/4番線へやってきた。
「ショーン!」
ホームへ出た途端、サラに抱きつかれる。久しぶりに会うサラはどこか大人びていて、どきどきさせられた。
「会いたかったわ!」
「僕もだよ、サラ」
サラの髪を撫でながら言うとサラは顔を赤らめた。初々しい反応に愛おしさが増す。
「ショーン、サラ! 久しぶりだな!」
バートがこちらにやってきた。また背が少し伸びただろうか。サラを離して手を振る。
「ああ、久しぶり!」
「元気してた?」
「もちろん元気さ! ショーンのお母さんも、お久しぶりです」
バートは母に向かって挨拶した。そうだ、母も一緒に来てたのだった。ならばサラと抱き合うところも見ていたということで。母は「お久しぶりね」と明るく返し、「二人は熱々なのね」とショーンとサラに笑いながら言った。
「お母さん、すみません、ご挨拶が遅れて……」
「いいのよ、恋っていうのは周りが見えなくなるものだし……あ、ハリーがいるわ」
オーラーになりたいという話は母にもしていた。母も、父と同じくハリーに聞いた方がいいと言った。手紙でも聞けたけれど、ショーンは会って話したかった。
「僕、ハリーおじさんのところ行ってくるよ」
「わかった」
「席取っとくわね」
二人と別れる。母には「二人きりで話したいんだ」と言って、その場に待っているよう伝えた。母には内緒で聞きたいことがあったのだ。
「……お久しぶりです、ハリーおじさん」
「おお、ショーンくんか。久しぶり、背伸びたね」
ホグワーツ特急の中にいる彼の子供たちを見ていたハリーは、ショーンに微笑んだ。
「あれ、君のお母さんは?」
「あっちにいます。ちょっと二人きりで話したくて」
「……そうか」
ショーンはまずオーラーとして働くことがどういうことかをハリーに聞いた。ハリーは今は平和な世の中だけれど、油断は大敵で、オーラーは常に気を配らなければならないと言った。
「採用基準もとびきり高いけど、採用された後の訓練もとびきりキツいよ。オーラーになると決めるのは早い方がいい。勉強だって早くから取り掛かった方がいいし」
「そうなんですね……」
「あと、聞きたいことはあるかい?」
ショーンは一呼吸置いて、口を開いた。
「……僕の父さんは、二重スパイになる以前、自分の意思でデスイーターになったんでしょうか?」
ずっと心に引っかかっていたことだった。世間では二重スパイをしていたと知られているけれど、それ以前もデスイーターをしていたと何かの本に書かれていた。果たしてそれはダンブルドアの命令だったのか、自分の意思で選択したのか、それが知りたかった。オーラーになると言った時の父の反応を見て、ますますその気持ちは高まった。
ハリーははっとショーンを見つめた。そして、首を振った。
「……僕の口からは答えられないよ。聞きづらいと思うけど、お父さんに聞いた方がいい」
汽笛が鳴った。ショーンは釈然としない思いを抱えながらも、ハリーに礼を言って汽車に乗り込んだ。母が走ってきて「元気でね」と手を振った。
「手紙出してね」
「うん」
母とハリー、そしてハリーの妻ジニーに手を振り、ショーンは荷物を抱えながらサラたちを探した。コンパートメントはどこもいっぱいだ。がやがやと生徒たちの声で溢れていたが、ショーンはハリーの表情と言葉を思い返していた。「僕の口からは答えられない」――それが答えだった。
ホグワーツでは、父は自分の子供であるショーンも、一人の生徒として接している。だからショーンは父の部屋に入る際ノックをして名乗った。
「……スネイプです」
扉が開く。父は訝しげな表情を浮かべていたが、「入れ」とショーンを中に入れた。
「何か用があるのか?」
「ちょっと……聞きたいことがあるんだ」
少し砕けた口調の父に、ショーンは敬語をやめた。これを聞いてしまったら、もう元の関係には戻れないかもしれない。そんな心配が頭の隅に浮かんだが、かき消した。どっちみち聞かなければ、自分は納得しない。
「……父さんは、二重スパイする前、自分の意思でデスイーターになったの?」
父は驚いたようだった。しかしそれは一瞬のことだった。すぐに感情の読めない表情になり、頷いた。
「……そうだ」
ハリーから聞いたときほど、衝撃はなかった。ショーンは「そう」とだけ言って、部屋を出ようとした。部屋を出なければ、怒りを父に向けてしまいそうだった。すると背中から声が掛けられた。
「……私は後悔している。愚かな選択をしたことを、今でも……後悔している」
「……そんなことを言われても、父さんがデスイーターに、自らの意思でなった事実は変わらない!」
ショーンは父を向いた。ちょうど蝋燭の炎の影が、彼の顔にさし、あまり表情は見えない。
「そうだな……だがこの後悔は本物だ。私は本当に愚かだった」
「……母さんは知ってるの?」
「知っている……知った上で私を愛してくれている。私の命も救ってくれた彼女には、頭が上がらない」
父は椅子に手を付き、前かがみになった。
「私のせいで出た犠牲は多かった……」
鼻をすする音が聞こえてくる。まさか――。
「……父さん、泣いてるのか?」
あの、子供であるショーンの前でも感情をあまり見せない父が、泣いている。顔は長い髪に覆われ表情はわからないが、確かに泣いていることはわかった。
「……私はこの先も後悔し続けるだろう。この命がある限り、ずっと」
「父さん……」
ショーンの中に、もう怒りの感情はなかった。ただ呪縛のように父を縛る過去から、解放されて欲しいと願った。
「お前にも、いつか言わなければと思っていた。だが私はお前にどう思われるかという恐れから、先延ばしにしていた……すまない」
「いや、いいんだ……でも父さん、僕がオーラーになりたいと言った時、ちょっと嫌そうな雰囲気だったと思うんだけど、それはどうして?」
「……お前に、命の危険があるかもしれない職に就いてほしくなかったからだ」
ショーンは驚いた。そんな優しい理由だったとは思わなかった。いつだかの、母の言葉が浮かぶ。「お父さんは不器用なの。だからあんまり話さない。でも聞くと話してくれるから、疑問に思ったことは何でも聞くといいわ。勘違いしてることだってあるかもしれない」。
「僕、父さんが元デスイーターだったから、オーラーに反対なのかと思ってた……ごめん、勘違いして」
「いや、いい」
父は身を起こした。蝋燭の炎がその表情を照らす。心無しか穏やかな顔をしていた。ショーンの好きな父の顔だった。
「……聞きたいことはそれだけか?」
「うん、ありがとう、父さん」
「ああ……ショーン」
「うん?」
「私が泣いたことは母さんには言うな」
「はは、言わないよ」
ショーンは笑って部屋を出た。あれほど感情的になった父を見るのは初めてだった。父の悔恨は深く胸の中に宿っている。母でも取り除けない、一種の呪いだ。けれど、とショーンは思う。その気持ちを少しでも軽くしてあげることはできるだろう。自分たちは家族なのだから。ショーンは光の揺れる道を歩き出した。
20250206