02

 最初の一週間は、とても濃いものだった。まずメイジーたちは教室に行くまでに、一段消える階段や、お願いしないと開かない扉に慣れる必要があった。階段を踏み外し、落ちそうになる生徒もいたが、フリットウィック先生が助けてくれた。
 授業はとても楽しく、有意義なものだった。教科書をすべて暗記してきた生徒はメイジーしかいないようで、先生の質問に答えるのはメイジーの仕事だった。メイジーは鼻高々だった。正解を答えて、レイブンクローの加点に貢献していたし、杖の振り方や魔法薬のできの良さを褒められたのも、同じ学年の中でメイジーだけだった。
「君の名字はミラーといったね。もしかして、母親はオリヴィアかい?」
 おできを治す薬を褒められたあと、スラグホーンはそう言った。メイジーは驚いて答えた。
「そうです、私の母はオリヴィアです!」
「なんと、あの秀才オリヴィアの娘とは……メイジー、君は彼女の血を濃く受け継いでいるようだ――」
 イライザは特に母について何も言っていなかったが、母は優秀な魔法使いだったのだ。メイジーは母について初めて知った事実に喜んだ。母の血を受け継いでいるのなら、自分もきっと、立派な魔法使いになれるだろう。
 一方でギルデロイは、メイジーほどの結果を残せず、歯がみしているようだった。あれだけ大口を叩いていたのに、予習もしてこなかったようだった。もしかしたら、そうした努力は彼の才能の前では必要ないと判断したのかもしれない。しかしギルデロイは、メイジーに嫉妬などといった悪い感情を向けることはなかった。それが彼の良いところであった。
「……メイジー、お願いがあるんだ」
 土曜日の朝、トーストを頬張っていると、隣にギルデロイが来ておもむろに言った。「なに?」と咀嚼しながらメイジーは尋ねる。彼は何か重大なことを口にするような、そんな緊迫したような顔をしていた。
「一緒に、賢者の石を作らないか?」
「え?」
「僕一人でやるより、メイジーも一緒にやった方が良いと思うんだ。ほら、完成したとき、メイジーの名前も世に知れ渡るだろう? 君も有名になれるチャンスをあげたいんだ」
 メイジーは彼の意図をくみ取り、にやりと笑った。ギルデロイ一人では賢者の石を作れる可能性が低いから、自分を誘っているのだろう。賢者の石は、自分が付き合っても絶対に作ることはできない。優れた錬金術師でも作れないというのに、一端の魔法使いに――それもまだ魔法を覚えたての魔法使いに――作れるはずはない。けれどメイジーは乗ってあげることにした。なぜなら賢者の石作りが面白そうだったからだ。
「いいけど……条件がある」
「条件?」
「あの人の情報がほしいの」
 メイジーはスリザリンのテーブルを指した。長い黒髪に血色の悪い少年が、ポリッジを掬っている。トーストよりポリッジ派だったか、とメイジーは脳内のデータベースに追加した。
「いいよ、どんな情報だい?」
「もちろん、あの人に関することすべてよ。それ次第で、石作りに協力する」
「オーケイ」とギルデロイは少年をじっと見ながら頷いた。
「けど君も変わった趣味してるね……」

 ギルデロイが情報を持ってきたのは、その二週間後だった。夕食後のゆったりとした時間の流れる、レイブンクローの談話室で、彼は得意げにメモを取り出した。
「何それ?」
「君の言ってた情報さ。だいぶ仕入れてきたよ」
「おお!」とメイジーは顔を輝かせた。
「聞かせて?」
「えーと、名前はセブルス・スネイプ。スリザリンの五年生だけど監督生じゃない。成績はすべての科目において優秀。特に闇の魔術に詳しくて、一目置かれてるみたいだ。デスイーターになりそうな、マルシベールやエイブリーたちとたまにつるんでる。グリフィンドールのポッターとブラックと仲が悪く、ばちばちに魔法を使って喧嘩してるって情報もある。家族はマグルの父親と魔法使いの母親。家族仲はあんまりよくないみたいで、クリスマス休暇はホグワーツにいるらしい。あと、マグル生まれを『穢れた血』って呼んでるみたいだ」
 以上、とギルデロイは紙を畳んだ。あまりよくない情報もあったが、メイジーの心は揺るがなかった。半純血だけど純血主義。自分にないものを羨み、純血のように振る舞うなんてかわいいじゃないか。
「ありがとう、ギル。どっからそんな情報を聞いてきたの?」
「秘密さ」とギルデロイはウインクした。一般的な女子ならどきりとするような完璧なウインクだったが、メイジーは「ふーん」でやり過ごした。「さて、名前も人となりもある程度わかったところだし、早速明日声かけてみる!」
「え、話しかけるのかい?」
「そりゃあそうでしょ! 私を認識してもらうとこから始めないと」
 メイジーは恋に燃えていた。そしてこの恋は初めての物だったため、どう行動したらいいか実はわからなかったが、とにかくがむしゃらに頑張ればいいのだと、メイジーは結論づけていた。
 翌日、彼に声を掛けるちょうど良い機会が訪れた。午後の薬草学のために温室へ行く途中、廊下で彼が一人で前を歩いていたのだった。髪が長くやや猫背で歩くその姿は、絶対に彼だった。
「ギル、私行くわ」とギルデロイに決意を口にすると、「ああ、頑張って」と適当に返された。
「……セブルス!」
 メイジーは走りながら声を掛けた。セブルスは立ち止まり、振り返った。眉間に皺が寄っていて、メイジーは嬉しくなる。ああ、なんて冷たい瞳なのだろう!
「……誰だ、君は」
「私、メイジーミラーっていうの。レイブンクローの一年生。ねえ、セブセブって呼んでいい?」
 セブルスはなんだこいつはとますます眉間に皺を寄せて、メイジーを見下ろした。彼が不機嫌になるにつれて、メイジーの心臓は高鳴り、頬は紅潮していった。こんなに近くで彼の顔が見れるなんて、しかも自分を見ているなんて! 前髪が乱れてないか気になり、触りながら首をかしげる。
「……だめかなあ?」
「駄目も何も、僕と君は今会ったばかりだろう? なぜそんなふざけたあだ名で呼ばれなきゃならない? 僕をからかってるのか?」
「私は全然そんな気はなくて……ただ、セブルスと仲良くなりたいの!」
 セブルスは目を瞬かせた。これは押せばイケるかもしれない。メイジーは必死に自分の思いを伝えた。
「私、セブルスと仲良くなって、それで、それで――」
 付き合いたい、なんて今初めて会ったばかりなのに、言ってしまったら引かれるだろうか。メイジーが逡巡したその瞬間、後ろから声が掛けられた。
「おっ、スニベルスのファン第一号かい?」
 振り向くとめがねを掛けたくしゃくしゃの癖毛の少年と、黒髪のハンサムな少年がこちらに近づいてきていた。
「君、なんて名前?」
 癖毛の少年はそう聞いてきたが、メイジーはつんとそっぽを向いた。
「セブルスをスニベルスっていう人には教えません!」
「……よく訓練されたファンだなあ。こいつのどこが好きなの? こんな陰気でマグル生まれを差別する奴の」
「そこがいいんでしょうよ!」とメイジーは思わず口を利いてしまった。
「この、どこまでも冷たい、黒曜石みたいな瞳――見つめられるだけでうっとりするわ。マグル生まれの差別だって、まあ悪いことだけど、半純血なのに純血主義を気取ってるんだからとってもかわいいじゃない」
「かわいい……?」
「……お前、面白い奴だな」
 様子を見ていた黒髪の少年が言った。
「レイブンクローの何年生?」
「一年生」
「名前は?」
 メイジーはため息をつき、観念して答えた。
メイジーメイジーミラーよ」
メイジーか。俺はシリウス・ブラック。こっちはジェームズ・ポッター」
「よろしく」とジェームズが手をひらひらさせた。「ところで、君のスニベルスはどっか行ったけどいいのかい?」
「えっ!」
 慌てて周りを見れば、彼の姿はいつの間にかなくなっていた。最初が肝心だったのに、思いがけず邪魔が入ってしまった。
「もう、あんたたちが来なければ、もっとセブルスと話せたのに!」
「ひどいなあ、僕らは助けてあげたんだよ。あのままだと告白してたぜ、君」
 ぐぬぬ、とメイジーは口を噤んだ。それは本当のことだった。
「それより、授業行かなくていいのか?」
「あ、そうだ!」
「じゃあね」とメイジーはその場を後にした。敗因は、セブルスと何を話すか、具体的に決めていなかったことだ。今度はちゃんと決めてから話しかけよう、そして、ジェームズたちがいないかどうか、しっかり確認しようと、メイジーは心に決めた。

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