魅上がノートを拾ったら
週末の夜の京都駅前は、この日も例外なく人でごった返していた。大きな荷物を抱え、タクシーに乗る観光客や、飲みに繰り出す中年のサラリーマン、寒空の下、携帯を片手に誰かを待つ学生たち。11月末の冷たい風が容赦なく吹き付けるが、寒さを吹き飛ばすかのように、どっと明るい笑い声が挙がる。そんな開放的な空気の中、青年は一人、無表情で歩いていた。
周りよりやや背の高いその青年は、黒のスーツに身を包み、大きなスーツケースを片手に持っていた。歩く度に黒いコートが揺れ、その硬い動きから真新しい物とわかる。肩ほどまである長い黒髪も、時折風に流され靡いていたが、縁眼鏡の奥の瞳は、ただ前だけを見据えていた――自身の行く末を見透すかのように。
彼――魅上照は、先程考試を大阪で終えた司法修習生だった。在学中に司法試験を突破した照は、五日間にわたる考試も難なく終わらせ、あとは来月の合格発表を待つのみとなっていた。
しかし、不合格など彼の頭には毛頭ない。あるのは罪人をどう裁くか、いかにして悪を減らすかの、検事となった己の在り方のみ。悪を裁く事が正義と結論を出した瞬間から、照は学びの中で検察官の可能性を追求し続けてきた。
だが、納得できる答えは未だ出ていない。
雑踏から角を曲がり、人気のない路地に入る。ビル街とは対照的な町屋造りの家屋が広がり、人々の声が遠のいていく。文明と文化が共存しているこの混沌さが、この街の特徴であり売りでもある。
慣れた道を歩を緩める事なく進み、一つ目の街灯に差し掛かった時だった。
「…!」
突然目の前に黒い物体が落ち、彼の足を止めさせた。
(ノート…?)
照はじっと目を落とす。黒で塗られたその物体には、『DEATH NOTE』と独特な白文字で書かれていた。すぐに電柱を見上げてみるが、光に集う虫以外に動く影はない。少し逡巡した後、照はノートに手を伸ばした。
それは、至って普通のノートだった。表裏、帯も黒一色で、表紙の文字以外何も書かれていない。中に名前はないかと表紙を開けば、目当ての文字を見つける代わりに、髑髏とアルファベットが目に入った。
『DEATH NOTE
HOW TO USE IT』
薄気味悪い装飾がされているそのページには、英語の文章が数行に渡って書き込まれている。最初の行には、信じがたい言葉が書かれていた。
『このノートに名前を書かれた人間は、死ぬ』
(質の悪い悪戯か…?)
警戒して辺りを見回すが、静寂に満ちた通りには誰の姿もない。頭上の暗がりにしばらく目を凝らした後、照は再びノートに目を落とし、続きを追った。
『書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。ゆえに、同姓同名の人物に一遍に効果は得られない』
『名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。死因を書かなければ全てが心臓麻痺となる』
『死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる』
悪戯にしては凝っているが、悪戯として成功させるには現実味を持たせる必要がある。
照はもう一度辺りを確認した後、ケースのポケットにノートを滑り込ませた。
使う気などさらさらない。この通りの二つ角にある交番へ、届けに行くためだった。
20140206