夜に溶ける

 月が少しエルを見直した次の日の、夕食後のことだった。

「あ、ミリオネアだ!」

 ソファに座る粧裕が居間のテレビのチャンネルを変え、声を上げる。粧裕の隣で本を読んでいた月は顔を上げた。
 ミリオネア。のみもんたが司会の、一攫千金をかけたクイズ番組だ。のみもんたが挨拶する中、ソファ近くの椅子に座っていた(あの独特な座り方で)エルは、呟くように言った。

「日本でもやってるんですね」

「え、ミリオネアって日本の番組なんじゃないの?」

「確か、アメリカで始まったものが最初だったと記憶しています」

 へえ~、と粧裕が相づちを打つ。それくらいは月も知っていた。
 早押し並べ替えクイズで一番早く正解した者が挑戦者となり、いよいよクイズが始まる。もちろん最初は簡単な問題からだ。

『次のうち、生年月日からわかるものはどれ? A 住所:B 氏名:C 年齢:D 性別』

「これは粧裕もわかるだろ」

 隣の粧裕に笑えば、彼女は少しむっとしたようにこちらを見た。

「もちろんわかるよ、Cの年齢!」

『正解』、と挑戦者の答えにのみもんたが頷く。その後も挑戦者は着々と答え、100万円の問題へ突入した。

『1948年にアフリカの喜望峰をまわって、インドへの航路を発見した人物は誰?』

「まだ簡単だな」

「ええー、まだ世界史とか習ってないから全然わかんない……エルはわかる?」

「はい。バスコ・ダ・ガマです」

 挑戦者は健闘し、500万円の問題へ入る。

『もともと「焦げ目をつける」という意味の名前を持つ料理はどれ? A ラザニア:B グラタン:C ドリア:D ムニエル』

「これはなかなか難しいな……」

「月君はどれだと思いますか?」

「僕は……グラタンかな」

 確か、ドリアはイタリアかどこかの名家、ドリア一族から来ていると聞いたことがある。ムニエルはフランス語で粉屋の娘。消去法でラザニアかグラタンになるが、フランスでは表面を焼く料理を総じてグラタンと呼ぶと、何かの本に書いてあった。
 エルの答えが気になり尋ねると、エルは「月君と同じ答えです」と言った。
 挑戦者もグラタンを選び、のみもんたは沈黙する。そして、

『正解』

 効果音とともに、セットのライトがぐるりと動く。次は750万円の問題だ。

『次のうち、父親が天皇である僧は誰? A 空海:B 雪舟:C 一休:D 最澄』

 月は無言で腕を組んだ。これもなかなか難しい問題だ。
 まず空海と最澄は違う。これには自信がある。あとは水墨画家としても有名な雪舟と、数々のとんちで有名な一休。確か、雪舟は岡山出身だったと記憶している。消去法で一休か。

「エルはどれだと思う?」

「そうですね」とエルは親指を口元につけて、考えるように言った。

「一休宗純は確か、嵯峨野で生まれたと何かの本で読んだことがあります。当時の天皇は京都に住んでいたことから、一休ではないかと」

 外国人ながら、よく日本のことを知っている。空海と最澄はともかく、一休を知っているとは。粧裕も同じ事を思ったらしく、「エル、すごいね!」と感嘆した。
 エルは特にうれしがる様子もなく、「ただ、知っていただけです」と返した。

「月君は何だと思いますか?」

「僕も一休だと思うよ。エルみたいな確証はないけど、消去法で」

「おお、お兄ちゃんも一休か~。じゃああたしも一休にする」

「なんだそれ」

 粧裕に笑い、テレビへ目を移す。挑戦者は「50:50」を使い、残った一休を選択した。のみもんたの沈黙。

『正解』

「おおー、すごいねえ!」

「何、ミリオネア?」

 ちょうど片付けを終えた母が、茶菓子を持ちながらこちらにやってきた。

「うん、エルもお兄ちゃんもずっと正解してるんだよ!」

 挑戦者の人も、と粧裕が付け加える。母は嬉しそうに笑った。

「月もエルもすごいわねえ」

「いえ」とエルは目の前に置かれた茶菓子に目礼しながら、短く答えた。月も礼を言って菓子に手を伸ばす。テレビはいよいよ最終問題。1000万円の問題だ。

『最終問題』

 神妙な顔つきで、のみもんたは小切手を見せる。

『次の歌人のうち、娘とともに百人一首の詠み人に選ばれている人物は何? A 持統天皇:B 小野小町:C 清少納言:D 紫式部』

 やはり、1000万円がかかっているだけあって、難しい問題だ。
 そもそも小野小町については謎が多く、生い立ちは明らかにされていないので外れる。持統天皇は娘がいたか定かではないが、清少納言と紫式部には娘がいたと何かで読んだ。Aも怪しいが、ここはCかDだろう。
 月は悩んだ末、紫式部を選んだ。

「お兄ちゃんとエル、どれだと思う?」

 楽しげに粧裕が言った。答えようとする月に、粧裕は慌てて手を振る。

「ここは二人とも同時に言ってみようよ。せーのっ」

「D」と月は言い、エルは「C」と答えた。

「割れたわね~」

「お兄ちゃんは何でDだと思うの?」

 月は正直に答えた。

「特に理由はないよ。CかDかで悩んで、なんとなくDかなって」

「お~。エルは?」

「全くわからないので、なんとなくCにしました」

「どっちか当たると良いねー」

 挑戦者はCの清少納言を選んだ。ドラムロールが鳴る。のみもんたの沈黙。750万円の問題よりもずっと長い沈黙だ。そして――

『ざん、ねん!!』

 正解は、Dの紫式部だった。

「えっ、お兄ちゃん正解じゃん!!」

「あら、1000万獲得ねえ」

「はは、だいぶ勘だったから偶然だよ」

 そう笑うと、粧裕は「でもさあ」と真剣な顔で言った。

「お兄ちゃんもエルも、ミリオネア出たら1000万獲れるんじゃない?」

「そうね!」

「私は浅く広くなので、こういう深い知識を問われた場合、答えられませんよ」

 エルがお茶をすすりながら淡々と返す。彼の湯飲みは母が買ってきていた。

「まあ、出るとすれば問題の傾向を把握して勉強はしますが」

「僕もそうだな。勉強はしないと1000万は獲れない」

 月も同意する。粧裕はきらきらと目を輝かせた。

「そうなの? でもお兄ちゃんはかっこいいから、ミリオネアに出るだけで話題になるんじゃない? エルは独特というか、天才っていう雰囲気があるから、エルも話題になりそう!!」

「はは、エルは確かに話題になりそうだ」

「……目立つのは嫌なので、やっぱり出ません」

 エルの一言に、皆は笑う。最初は受け付けないと思ったが、話してみると中々面白く知性がある人だ。月は初対面で感じた印象を取り去った。
 夜が更けると同時に、エルは夜神家に溶け込んでいった。

20210111