ただ、まぶしいものを見るとき
私の目はあなたを見るためにあるのだと、馬鹿みたいだけれど私は本気で思う。
Lの存在は入庁してから知った。数々の難事件を解決する、世界一の名探偵。そんな漫画のような探偵がいるなんて、警察官になるまでは知らなかったし、知っても絶対に信じなかっただろう。けれど彼は実在する。
初めてLと接触した時のことをよく覚えている。私の位が上がり、局長とともにICPOの会議に出た時のこと。ワタリと名乗る黒ずくめの男がさっそうと現れた。
「Lは今、この捜査に動いてます」
連続囚人殺人事件。通称キラ事件を、Lは捜査しているという。
「Lの声を今、お聞かせします」
ワタリはそう言って、パソコンを開いた。会場は静まり、人々の目が一斉にそちらへ向く。やがて声がパソコンから聞こえてきた。
『ICPOの皆様、Lです。この事件はかつてない大規模で難しい、そして……絶対に許してはならない、凶悪な大量殺人事件です!!』
私はその自信に肌が粟立った。Lは私がもしかしてと考えていたことをはっきりと言った。初めて私を導く人が現れたと思った。
Lは日本警察の協力を仰ぐと言い、我々に指示を出した。彼の指示は的確で美しかった。私はパソコン越しに聞こえてくる加工された彼の声を、決して漏らさぬよう懸命に耳を傾けた。ある時、FBI12人がキラによって命を落とした。捜査員は極少数になり、Lと対面する時が来た――その時を、私は生涯忘れないだろう。
「鈴木さん」
無機質な声で呼ばれる度、私の心はどうしようもなく締め付けられる。恋、などという薄弱なものではない。私の「この気持ち」は愛という次元を超えた、神に対する崇拝だった。使役する喜びで心が震えた。
私はいつもLに頭を垂れていた。その瞳に私を映すことさえおこがましいと思えた。
「鈴木さんは、なぜ私と目を合わせないんですか?」
ある時、私とL以外に誰もいない、静寂した部屋でLはぽつりと言った。私はじっと目を伏せたまま、驚きが引くのを待ち、監禁された夜神月を見ているであろうLに答えた。
「……あなたの目に、私という穢らわしいものを映したくないのです」
Lはしばらく無言でティースプーンを回していたが、やがて言った。
「……鈴木さんは穢らわしくなどないですよ」
「いえ、Lの前では私など、汚い存在です」
「私を神格化し過ぎです。私も鈴木さんと同じ人間です……顔を上げてください」
私は俯いたままでいた。神に言われようと、そんなことはできない。唐突に頬を冷たい手が覆った。はっとすると同時にぐいと顔を上に向けられる。黒い瞳と目が合った――私は衝動的に目を瞑った。
「……目を開けてください」
「嫌です」
「…………」
ため息が吐かれる。やがて手は頬を離れた。Lに触れられた部分が熱くなっていく。Lが、私に触れた。その事実に身が震える。
「捜査には支障がないので、もう何でもいいですが、私のために死ぬなどとは絶対に言わないでください……」
「私は、その覚悟でLの元にいます。Lのためなら何でもできます――この事件の捜査員になってからずっと、その心持ちです」
二度目のため息が落ちてくる。呆れさせている。Lの感情を引き出せたことが嬉しい。
「……わかりました」
Lはなおざりに言った。
「それでいいです、もう、何も言いません」
それ以来Lは、私に仕事以外で声をかけることはなくなった。
ノートの存在が明らかになり、弥海砂が自由の身になることが決まった夜、Lは私を呼び出し、こう言った。
「外に出た弥海砂を尾行してください」
「……かしこまりました」
「あの死神にも見つからないよう動いてください。私も鈴木さんがいない相応の理由を考えておきます。このことは、誰にも内緒です」
「はい」
翌朝、弥海砂は夜神月と抱き合ったあと、真っ直ぐにある森へ向かった。そして地中からもう一冊のノートを取り出すと、誰かと話し始めた。そして――
「目の取引して」
「!」
私ははっとして口元に手を当てた。死神の目の取引。名前と寿命が見えるという――。弥海砂がその場を去った後、私はすぐにLへ電話を入れた。
「もう一冊のノートを手にしたのですね?」
「はい、死神と目の取引も行ってました」
「弥海砂を早急に確保します――ありがとうございます、鈴木さん」
電話はすぐに切れたが、私はLからの感謝の言葉を噛み締めていた。
弥海砂は確保され、その鞄からもう一冊のノートが出てきた。
「13日以内に次の名前を書き込まなければ自分が死ぬ、とありますが、これは本当ですか?」
「いや、嘘だ」
そのノートに憑いていた死神のリュークは、Lの問いにあっけなく答えた。
「ライトがこのルールを俺に書き込ませた」
「えっ!」
「まさか……」
松田がへたりこみ、相澤は呆然とする。局長は震えていた。まさか息子がキラだったとは思わなかっただろう。私は目を伏せる。
結果夜神月と弥海砂は逮捕され、獄中へと入れられた。捜査本部は解消される。Lの元で働けなくなるのは残念だが、最悪の事態は免れた。Lが、夜神月に殺される事態は。
「今までありがとうございました、L」
深深とお辞儀するとLは言った。
「それはこちらの台詞です、鈴木さんはよくやってくれました」
光栄な言葉にますます頭を下げる。
「……もう、会えないのですね」
「鈴木さんがよければ、私の部下となってくださりませんか?」
私はぱっと身を起こした。思わずLを見つめる。Lはふっと笑った。
「やっと私を見てくださいましたね。あなたの持つ私への信仰は煩わしいですが、利用することも出来る……鈴木さんは私を第一で考えてくれる」
Lは椅子から降りて立ち上がると、硬直している私の頬に手を置いた。
「悪い提案ではないと思いますが」
私は考える間もなく了承していた。神の体温があたたかい。私は一生Lを信仰し、崇拝し、愛する自由を与えられた。歓喜のままに彼に平伏し、その裸足の甲に口付けた。Lへの隷属を誓ったのだった。
20241124