05/26
二人の部屋を捜索した結果、ミサの部屋からは案の定封筒のテープに付着していた猫の毛、化粧品の粉、洋服の繊維など多数の証拠が見つかった。またさくらテレビに送られた日記と同じルーズリーフ、速達の判子も出てきたため、弥海砂は第二のキラと確定した。一方、月の部屋からは、竜崎が二つの黒いノートを発見していた。テーブルに置かれた二つのノートを、捜査員たちは驚きを持って見つめる。一つは表紙に白い文字でDEATH NOTE、と書かれたもの、もう一つは読み取れない不思議な文字が書かれたものだった。竜崎が手で摘むように、デスノートと書かれたノートを開いた。
『DEATHNOTE HOW TO USE』ーーデスノートの使い方?
「このノートに書かれた者は死ぬと、ここに書かれてます」
「えっ!?」
そして、と竜崎はページをめくる。日本語、中国語、英語など、様々な言語で書かれた文字がびっしり埋まっていた。これはーー
「全てキラがこれまで裁いてきた者の名前です。恐らく夜神月は、これを使って犯罪者たちを殺してきたと考えられます……」
ドサっと夜神がソファに崩れ落ちるように座った。
「そんな……そんなノートで人を殺せるとは、信じられん……!!」
「……本当に人が殺せるのか、このノートをどうやって手に入れたのか。それを聞くためにも、息子さんと弥海砂をキラ容疑で逮捕します。夜神さん、よろしいですね?」
竜崎の問いに、夜神は苦しそうに、ゆっくりと頷いた。そばにあるパソコンのマイクに、竜崎が言う。
「ワタリ、模木さん、お願いします」
『はい』
『わかりました』
逮捕された二人は世間には知らされず、竜崎の持つ地下の牢獄に入れられた。
二人の映像がこちらにくる間、捜査本部は重苦しい空気が漂っていた。松田と相沢は考え込むように床を見つめ、模木は腕組みして前を向いている。一番ショックが大きいであろう夜神は、先程の体勢から身動き一つしていなかった。ナナは竜崎の後ろに立ち、彼と同じくじっと画面を見つめた。少しして、ワタリの声がパソコンから聞こえてきた。
『準備できました』
「……繋いでくれ」
ワタリによって、月と海砂の様子がパソコンの画面に映し出される。そばに寄ってきた相沢と松田、模木と共に、ナナは息を呑んだ。二人は別々の檻に入れられ、手足を拘束されていた。舌を噛んで自殺しないようにするためなのか、どちらも猿轡をし、うなだれているミサとは対照的に、月はこちらを睨みつけていた。その瞳から読み取れる怒りの激しさに、ナナは恐くなった。こんな月は知らない。この人は月じゃない。
「………………」
「竜崎……?」
相沢の声に月から目を離し、竜崎を見ると、彼は画面を見て固まっていた。
「……竜崎さん?」
「……死神……ですね………本当に、いたんですね……」
「死神?」
モニターを確認するが、そんなものの姿はやはり見当たらない。捜査員達と一緒に困惑していると、竜崎はもう一度口を開いた。
「……この二つのノートに、触ってみてください」
竜崎の前に置かれたノートに、訝しく思いながら皆と共に触れる。瞬間ーー
「うっ、うわあああああっ!?」
「なっ、何だ!?」
「これは……!!」
月と海砂の後ろに、大きな『何か』が立っていた。月のところにいるのは、黒い翼を持ち、ギョロリとした目に口が裂けている。ミサのところには、反対に全身が白く、切れ長の目をしていた。
「……そこにいるお二人は、死神ですか?」
マイクのスイッチを押しながら、竜崎が尋ねる。
『おっ、俺たちが見えるのか? そうだ、死神だ』
黒い方が面白がるように言った。
「死神……では、夜神月の部屋から見つかった二つのノートは、あなたたちのものですか?」
『ああ、そうだ』
「これで人を殺せるんですね?」
『そう、ノートに書くだけで殺せる』
黒い死神の答えに、捜査員たちはどよめく。目の前にあるノートで人が殺せる。それを知り、急に恐怖が湧きあがってきた。月は今まで、どれだけ人を殺してきたのだろう。
「ノートのページを数枚切り取った痕跡がありました。切り離したページに名前を書いても死にますか?」
『ああ、死ぬな』
「……そうですか……ノートの一冊には使い方が書かれています。これはあなたが書いたものですか?」
『そうだ』
「なぜ使い方を書いたのですか?」
『誰がどこでノートを拾うかわからないからだ。俺はそのノートを人間界に落とした』
「……それを夜神月が拾ったということですか?」
『そうだ』
「何故ノートを落としたんですか?」
『退屈だったからだ』
「退屈?」
『今の死神ってのは暇でね。昼寝してるか博打うってるかだ。自分は死神界にいるのに人間界の奴を殺しても、面白くもなんともない。だからといって死神界の奴をノートに書いても死なない。こっちにいたほうが面白いと俺は踏んだ』
「なるほど……」
『実際この半年間、退屈しなかった。おまえと月のおかげだ』
「……私はあなたの退屈しのぎのために、キラを追っていたわけではありません」
そりゃそうだな、と黒い死神は笑った。
「ワタリ、夜神月の猿轡を取ってくれ」
頭から布を被ったワタリが映り、月の口から猿轡を取った。月は黒い死神が話している間も、ずっとこちらを睨みつけていた。
「夜神月、聞こえるか」
マイクに向かって、竜崎が低い声で問いかける。反応しない月に、竜崎は言葉をつづける。
「もう察してるとは思うが、お前達がこれまで人を殺して来た道具は、すでにこちらの手にある。これまでキラに殺された犯罪者の名前が書かれたノート、そしてお前の所持していた財布から出てきたノートの切れ端。夜神月、お前がキラである証拠は挙がっている。弥が第二のキラである証拠もだ」
『……………』
月は何も言わない。竜崎は気にすることなく言葉をつづけた。
「我々がお前たちをいつキラだと気づけたのか、疑問に思ってるだろう。我々が、おそらくお前より先に、第二のキラを特定したからだ」
『!!』
月はわずかに目を見開いた。
「青山の監視カメラに映っていた弥海砂を、不審な人物とみて調査した。そして、大阪から送られてきた封筒のテープに付着していた花粉の花は、弥が上京する前に住んでいた京都のアパートの周りに咲いていたものとわかった。それだけでは第二のキラと断定できないため、捜査員の一人にお前を監視させ、第二のキラが接触してくるかを見た」
『ミサが……変装したと言ったのは嘘だったのか!?』
「変装はしていた。しかしお前とともに青山にいた捜査員が、弥を見つけ怪しんだ」
『松田か!?』
「いや……『鈴木リナ』だ」
『なっ……!!』
月は絶句しているようだった。それもそうだろう。普通の友達として大学で接してきた者が、捜査員の一人だったのだから。
「彼女が弥を怪しまなければ、お前たちを逮捕することもできなかった」
『あいつ……捜査員だったのか……!!!』
月の激しい怒りが、画面から伝わってくる。ナナは目をそらさず、じっと月の様子を見つめた。
「もう耐えられん!!」
後ろで夜神の叫びが聞こえた。振り向くと、彼は立ち上がり、こちらに大股でやってきた。鬼気迫る様子に、ナナは思わず模木の後ろに隠れた。
「竜崎、月はどこだ? どこにいる?」
「それを知ってどうするつもりですか?」
「息子を殺し、私も死ぬ……!!」
「な、何言ってるんですか、局長!!」
「落ち着いてください!!」
「これで落ち着いてられるか!? 息子がキラとして逮捕された、証拠もある。責任を取って息子と共に死ぬ……!!」
これに名前を書けば死ぬんだな?とテーブルに置かれたノートを取ろうとする。模木、相沢、松田がとっさに夜神を押さえた。
「局長、ダメです!!」
「止めるな!!! 月が……月がキラだと知った、私の気持ちなどわからないだろう!?」
「夜神さん……」
「竜崎、そのノートを寄越すんだ!!」
三人に止められながらも、夜神は叫ぶ。竜崎は静かに言った。
「できません。夜神さん、落ち着いてください。息子さんがキラになったのは彼自身の意志です。父親である夜神さんが責任を感じるのはわかりますが、それで死のうとするのは少し間違ってます」
「なら私は、どうしたらいい……?」
夜神は三人に抵抗するのをやめ、力の抜けたように言った。
「……息子さんをまず理解しようとするべきです。なぜこのようなことをしたか。それを聞くべきです」
竜崎はそう言うと、マイクへ顔を向けた。
「夜神月、お前の父親である夜神さんは、このノートを使ってお前を殺し、自分も死のうとしている」
『!』
「その前に、お前にどうしても聞きたいことがあるそうだ」
竜崎は夜神の方へマイクを向けた。夜神は戸惑いながらも話し出した。
「月、聞かせてくれ。なぜお前がこんな真似をした? 私の知る限り、お前は正義感の強い優しい子だった。なのになぜ……?」
月は突然笑い出した。狂ったような笑い声が部屋に反響する。ナナはぞっと背筋が寒くなった。やがて月は笑うのをやめ、言った。
『……そうだよ、僕は正義感が強い……僕は、いつも思ってた。世の中腐ってる、腐ってるやつは死んだ方がいいって』
「何を……!?」
『地球の掃除だと思って、犯罪者を殺してきた。キラの存在を世間に知らしめ、誰も悪事ができなくなる社会が作りたかった。その結果はどうだ? 世の中の犯罪の件数は著しく減少した。みな僕のおかげだ……!!』
皆言葉が出なかった。月の口から出た言葉だとは、とても思えなかった。
『これは僕にしかできないことだ。人を殺すのが犯罪なんてことはわかっている、しかしもうそれでしか世の中を正せない。いつかそれは認められ正義の行いとなる……このノートで他の者にできたか? ここまでやれたか? この先できるか? そうさ、僕にしかできない……新世界を創れるのは、その頂点に立ち常に正しく導けるのは僕しかいない……お前が今目の前にしているのはキラだが、新世界の神でもある』
「……それは違う」
誰も何も話せない中、竜崎がマイクに言った。
「お前はただの人殺しだ」
『!!』
「お前は死神やノートの力に負け、神になろうなどと勘違いしている、狂った大量殺人犯以外の何者でもない」
『…………』
「これからお前たちは裁判をすることになる。そこでどう裁かれるかはわからないが、極刑は避けられないだろう」
『その必要はないぜ』
黒い死神が突然言った。手には黒いノートを持っている。まさか――
『今俺のノートにライトの名前を書いた』
「何だと……!?」
『やっ、やめろリューク!! ふざけるな!!』
取り乱す月に、死神は冷淡に言う。
『最初に言ったはずだ。お前が死んだとき、俺がお前をこのノートに書くことになると。牢獄に入れられたんじゃいつ死ぬかわからない。待っているのも面倒だ。ここで死ね』
『い、いやだ、死にたくない!! 何とかしろ、何か手はあるんだろリューク!!』
『一度デスノートに書かれた者の死は、どんなことをしても取り消せない。お前が一番よくわかってるはずだ。さよならだ、夜神月』
『うわ―――――っ、死にたくない!! 逝きたくない――』
月は急に胸を押さえた。そして床の上へ転がった。
『ち、ちくしょう……』
これが夜神月の最後の言葉となった。月は床の上で、目を開いたまま動かなくなった。
「ラ、月――――!!!!」
静まり返る部屋の中に、夜神の叫びが響いた。夜神は崩れ落ちるように床に膝をつく。模木が夜神を支えながら、ソファへ連れて行った。ほかの皆は呆然と月を見つめていた。今起きたことが現実だと認識できなかった。
『……L』
少しして、聞き覚えのない声がモニターから聞こえた。白い死神の声だった。
「……はい」
『ミサは夜神月に操られていた。酌量の余地はないか?』
「……キラに会うために何人もの罪のない人々が犠牲になったことを考えると、余地はないと思います」
『……そうか。ミサを釈放しなければお前たちを全員殺すと言ったら、どうだ?』
「!!!」
『元々、私がミサにノートを与えてしまったから、こうなってしまった。すべて私のせいだ。そこにあるノートを燃やせば、ノートに関する記憶もなくなる』
「……………」
「で、でもノートを燃やした後に俺たちを殺すかもしれないぞ?」
『それはしない、約束する』
「……いいでしょう」
「えっ、竜崎!」
「ノートに関する記憶をなくした後で、私たちを殺す理由がありません。二人とも、こちらに来ることはできますか?」
死神二人は頷き、壁をすり抜けていった。
「ワタリ、夜神月を」
『……はい』
今度は被っていた布を取ったワタリが出てきた。月の遺体の手錠を外し、画面の外へ運ばれていく。夜神を振り返ると、彼はまだ呆然と宙を見つめていた。何か声をかけたかったが、何と言えばいいかわからずにいると、死神二人が突然部屋に現れた。
「うわっ」
「ほ、本当にいるとは……」
「……Lです」
挨拶した竜崎に続いて、夜神以外の皆も挨拶する。
「ククッ、俺はリューク、こっちはレムだ。そのノート、二冊とも燃やしちまうのか?」
容器に入れたノートを見ての問いに、竜崎は頷く。
「はい、こんなものは燃やしてしまった方がいい……相沢さん、ライターありますか?」
「あ、はい」
相沢からライターを受け取り、竜崎はノートの端に炎を近づけた。すぐに火が付き、全体に燃え広がっていく。世間に恐怖を巻き起こした二冊のノートが、あっけなく燃えていく。その様を眺めているうちに、二冊のノートは灰となった。
『ん……』
ミサの声が画面から聞こえた。彼女はガクリと一層うなだれた。
「気絶したのだろう」
レムが言った。竜崎はワタリに指示した。
「……弥を釈放してくれ」
20180731