裏の逆の外

01/05

 翌朝、ナナは皆と顔を合わせることとなった。捜査員たちは、皆驚きを隠せないようだった。

「……竜崎、俺は反対だ」

 そう声を上げたのは相沢だった。

「前の世界では女子高生だったんだろう? 言っちゃ悪いが、彼女が何の役に立つんだ?」

「相沢さんの言う通り、彼女は若いです。しかし、その若さが武器になります。キラは十代の子供というのが、私の推理です」

「十代の子供?」

「はい。犯罪者を殺して減らしていくとともに、それを見せしめにして世の中を良くしようなど考えるのは、せいぜい小学校高学年から高校生くらいまでです。そして自分専用の携帯、パソコン、テレビを持っている。キラは、何不自由なく暮らす裕福な子供だと思います」

「……彼女を潜入捜査に使おうと言うのか?」

 夜神の言葉に竜崎が頷く。

「はい、そうです」

 部屋の中が静まり返った。各々が難しい顔をして考え込んでいるのが、ナナにはよくわかった。

「……僕は、賛成です」

 最初に声を上げたのは、松田だった。

「キラが竜崎の言う通り、裕福な子供だったら、潜入捜査ができる人材が必要だと思います」

「しかし松田、彼女は素人なんだぞ」

「そこは、たぶん竜崎が教えるんじゃないかと……」

「もちろん、私が教えます。そして、彼女は私のテストに合格しています。皆さんの手を煩わせることはありません」

 きっぱりと断言する竜崎に、ナナは不安になる。そんなに断言してしまって、大丈夫だろうか。竜崎の言葉に、皆考え込んでいる様子だったが、やがて夜神が口を開いた。

「竜崎がそこまで言うなら……私も賛成する。皆、賛成でいいか?」

 夜神が同意を求めると、皆頷いた。相沢も、渋々と言った様子で頷きを返した。

「では、佐藤さんを捜査に協力させるということでよろしいですね?」

「ああ」

「これから、よろしくお願いします……!」

「こちらこそよろしく」

 夜神が口角を上げて頷く。
 それぞれが挨拶したあと、ナナは別室で竜崎からキラのこととこれまでの進捗を聞いた。キラは名前と顔だけで殺せる力を持っていること、キラの居場所をテレビ放送で特定したことなどだった。ナナの推理は当たっていたが、同時にこれまで感じていた不安が、一挙に胸に押し寄せた。名前と顔だけで殺せる相手に、潜入捜査など、大それた役目を果たせるだろうか。その前に殺されてしまうのではないか。下を向くナナに、竜崎が問いかける。

「……大丈夫ですか?」

 ナナはハッとして前を向く。これも予想していたことの一つだ。怖じ気づいてなどいられない。

「……大丈夫です。続けて下さい」

 話が終わり、皆がいるドアを開けると、そこにはブラウン管テレビ三台と、大量のビデオテープがテーブルにあった。

「準備できました、竜崎」

「ありがとうございます」

 相沢の言葉に竜崎が頷き、テレビの向かいのソファに乗る。ナナはどこにいようか迷った末、夜神の隣、竜崎の斜め後ろに立つことにした。相沢がビデオをセットし、テレビの電源を入れた。
 映像は、12月27日の日本で亡くなった FBI捜査官を、監視カメラが偶然捕えたものだった。すべてのビデオを見終わり、相沢は息をつく。

「心臓麻痺の瞬間を捕えていたのは、銀座のデパートにいたニック=スターク。山手線のホームにいたレイ=ペンバー。池袋の繁華街にいたニコラ=ナスバーグの三人。残りの者は滞在していたホテルから出るところくらいが限界です」

 相沢が竜崎にそう報告すると、竜崎は少しの間考えたあとに言った。

「レイ=ペンバーの改札のシーン、乗車のシーン、そして死のシーンだけを、もう一度並べて観せてください」

 相沢が三本のテープをテレビにセットし、再生を押す。松田がレイ=ペンバーについて調べたことを述べた。

「15時11分、新宿西口の改札から入っています。イオカードの履歴とも一致します。15時13分、山手線に乗車。誰かを尾行してたとしても、この不鮮明な映像からはそれを割り出すのは困難だと思われます。そして死の直前……」

「やはり変ですね……15時13分乗車、16時42分に下車した所で死亡。一周一時間の山手線に一時間半乗っていた……遺留品に切符もなく、イオカードの履歴からも途中下車しもう一度乗ったとは考えにくい。そして、レイ=ペンバーが日本に入ったFBI捜査官の名前と顔が入ったファイルを受け取ったのが15時21分。つまり乗車した8分後です。ペンバーはファイルを持ちながら1時間半電車に乗り続けた……」

 映像を観ながら、竜崎は言葉を続ける。

「キラは死の直前の行動を操れる。死んだ12人が不思議な行動を取っていても当たり前と言ってしまえばそれまでですが……封筒はどこへ行った!?」

「えっ!?」

 これまで竜崎の言葉に心の中で同意していたナナは、急に大きな声を出した竜崎に驚いた。竜崎は身を乗り出して画面を見つめた。

「改札とホームの映像では、どちらも封筒らしき物を手にしている」

「封筒?」

 竜崎の傍にいた相沢がテレビへ屈み、顔を近づける。

「あっ!確かに持ってます持ってます。よくこんなのに気付けますね、竜崎」

 ナナは夜神からもらった遺留品リストに目を向ける。封筒らしき物はなかった。

「一応、27日の山手線と各駅に関するビデオは全て押えておいてください」

「あっ、はい……」

「それと……このペンバーの最後のビデオ……私には……必死に電車の中を見ようとしているように観えるのですが……」

「……もしそうなら、そこにヒントが?」

「キラだったら面白いじゃないですか」

 キラ。キラがこの映像の中にいるかもしれない。そう考え、ナナはぞっとした。これまでぼんやりとしかわからなかったものが、一気に現実味を帯びた。

「では、相沢さんは引き続きFBI11人と都内近郊の心臓麻痺死者を――夜神さんと松田さんは、レイ=ペンバーに絞って捜査してください」

 ペタペタと足音を鳴らして、竜崎がワタリのところへ行こうとする。ナナは彼を呼び止めた。

「竜崎さん、わたしは何をすれば……」

佐藤さんは……」

 竜崎は考えるように上を見上げ、それから言った。

「紅茶の準備をしていてください」

「はい……」

 腑に落ちないながらも返事をする。自分の任務は潜入捜査をする事だ。まだ時期尚早なのだろう。そう自分を納得させ、ナナはポットのある部屋へ急いだ。
 紅茶の準備をして戻ってきた時には、竜崎と捜査員たちの間で、何やら物々しい雰囲気が満ちていた。

「北村次長宅と、夜神局長宅に盗聴器と監視カメラを付けさせて頂きたい」

「だ…だから、そんなやり方日本じゃ無理です!!」

「バレたら本当にこの本部も破滅ですよ!」

 相沢と松田の反論の言葉に、竜崎はさらりと返す。

「絶対バレない様に取り付けます」

「…………」

「あの……」

 ナナは自分の存在を知らせるように、声を上げた。

「どうして、盗聴器とカメラを付けるんですか? キラの疑いがある人物が、北村次長と夜神局長の家族に居るんですか?」

「そうです。ペンバーと一緒に居たフィアンセの失踪や山手線での不審な行動から、ペンバーが19日までに調べていた者だけに絞って捜査をする事になりました。その調べていた者が、北村次長とその家族、夜神局長とその家族です」

「竜崎……その中にキラがいる可能性は?」

 夜神が堪えた様子で問いかける。

「……10%……いや、5%です」

「たったの5%で……」

「いや、今までの捜査では怪しいと思える者すらいなかったんだ……1%でもある者ならとことん調べるべきだ……」

 夜神は自分に言い聞かせるように呟く。

「調べるべきって、盗聴器とカメラでですか!? 北村次長と局長の家ですよ……いくらでも他のやり方があるでしょう?」

「…………」

 夜神は松田の言う事に何も言わず、竜崎と見つめ合った。そして――

「私も自分の家族を疑われていたのでは心外だ。いいでしょう、付けてください! その代わり、付けるなら家の隅々、バスルームからトイレまで見落としのないようにだ!!」

「ありがとうございます。そのつもりです」

「き…局長! 何を言ってるんですか!? 局長には奥さんや娘さんもいるんですよ!?」

「わかっていて言ってるんだ! やるなら徹底的にやらなければ意味がない事も! もう黙っていてくれ!!」

 そう声を荒げ、夜神は松田たちに背を向ける。

「すみません……」

「いや、いいんだ、すまん……」

 ぺたぺたとこの場にそぐわない音を立てながら、竜崎は再びソファへ移動した。乗りながら口を開く。

「ではせめてもの配慮として、夜神家の監視は私と夜神さん、佐藤さんのみで行い――残りはローテーションで、一人が警察庁、一人がレイ=ペンバーの山手線関連のビデオに北村家、夜神家の者が映っていないかチェック。残りの二人が北村家の監視にまわると言うやり方で、これからの捜査を続けていきます。ワタリ、盗聴器、カメラ、モニターの準備にどれぐらいかかる?」

「明日以降であれば。両家の不在時間がわかればいつでも取り付けられます」

「では、また違うホテルに最低ふたつのモニタールームを作り、盗聴器、カメラの設置ができ次第、我々もそちらのホテルに映ります」


20160427
20180726