2003/12/31
奮い立つ捜査員達を背に、Lは深々とした絨毯を踏みながら、大きなガラス窓へ歩き出した。ガラス越しに広がる夜の街は、色とりどりのネオンが煌めいている。Lの目は窓の外に向けられていたが、彼はこの夜景ではなく、今追っている連続殺人犯の行方を見つめていた。巷を騒がす凶悪犯連続殺人事件の首謀者、通称キラ。彼は日本の本部関係者を洗っていたFBI捜査官、12名を殺し、彼らに指示を出していたLを、「L」 として初めて人前に姿を出させた。これは先程捜査局長の夜神が言った通り、Lの負けである。しかし、12人の尊い命と引き換えに、Lはキラへのヒントを掴 んだ。そして、彼の動向の中にもうひとつ、決定的なものがあれば――。
「竜崎、もう一つ質問があるんですが……」
彼の背中に呼び掛かった声が、Lを思考の海から浮上させた。
振り返り、挙手している松田を見る。
「何です?」
「あの、そこで寝てる女子高生は誰ですか…?」
松田は躊躇がちに、Lの後ろにある大きなソファを指差した。覚えのないLは不審に思いながらもソファへと近づく。そして目を見開いた。
確かにそこには、セーラー服を着た少女が横たわっていた。窓際に移動した時、彼女の姿はなかったはずだ。一体いつ入り込んだのか。
Lは前へ回り込み、側に屈んで彼女を見た。目を閉じている少女は眠っているらしく、微かな寝息が聞こえる。彼女の顔に見覚えはない。
「……知りませんね。夜神さん達に紛れ込んだのか……」
「そんなはずはない。何度も確認した」
夜神が立ち上がって抗議する。Lは振り向かずに頷いた。
「……わかってます。私の見た限り、不審な人物はいませんでした」
「妙だな、私達が座った時にはいなかったはず……」
「はい、誰もいませんでした……」
眉を寄せて呟いた相沢に、宇生田が同意する。側にいた模木も緊張した面持ちで頷いた。
「でも、綺麗な子ですよね。最初竜崎の彼女かと思いました」
少女のいるソファへ近づいた松田が、彼女のあどけなくも整った顔を見つめ、惚けた様に言う。
「松田……」
気の抜けた言葉に捜査員達の緊迫した空気が薄れ、Lは隣にいる彼に呆れた目を向けた。
「彼女だとしても、ここに連れて来るような真似はしません……とりあえず松田さん、彼女を起こしてください」
「え、ああ、はい」
自分が起こすとは思わなかったのか、松田は戸惑ったように返事をし、恐る恐る華奢な肩に手を掛けそっと揺すり出す。しばらくして、少女の瞼がゆっくりと開かれた。朧げな瞳はLを捉え、唇から掠れた声が零れる。
「……竜崎くん?」
「自分の部屋で眠っていたが、目が覚めたらここにいた、と」
安楽椅子に腰掛けた少女――ナナは、向かいに座る竜崎に頷いた。彼女は夜神達が座っていたテーブルへ移動され、大人達に囲まれるように尋問を受けている。
「信じられないな……なら何故、竜崎の名前を知っていたんだ? 話を聞いてたんじゃないのか?」
左側のソファに座る相沢が、険しい口調でナナに問い掛けた。ナナは首を振りながら答える。
「前から知ってました」
「前から…?」
「はい、その……竜崎く…さんは、高校の同級生なんです」
「…………」
「ど、同級生……?」
静まり返る部屋に、松田の拍子抜けした声が響いた。竜崎は胡乱な目で彼女を見ながら言う。
「……どういう意味ですか、それは」
「そのままの意味です……多分」
ナナは言葉を切り、視線を彷徨わせた。これを言って信じてもらえるだろうか、という迷いがあった。
目覚めた当初は困惑していたナナも、質問に応える中で冷静さを取り戻し、徐々に状況を把握してきていた。大人びた竜崎に、スーツを着た人々の威圧感。これは彼女の知る教師達に出せる物ではない。そして皆、誰も彼女を知らない。タイムスリップではなく、違う世界に来たのだと漠然と悟っていた。
(……とにかく、正直に話すしかない)
そう決意したナナは竜崎と目を合わせ、口を開いた。
「私のいる世界と、この世界は違うんじゃないかと……」
「……はあ?」
宇生田が素っ頓狂な声を上げるのと、竜崎の眉が寄せられるのは同時だった。捜査員達の怪訝な視線に、ナナはぐっとたじろぐ。こうなると分かってはいたが、実際に体感してみると、思った以上に辛かった。
「……ふざけているのか、君は。大体新神高校など聞いたことがない」
夜神の呟きに首を振る。
「ふざけてません、あ、生徒手帳がここに……」
胸ポケットから生徒手帳を出し、夜神に手渡した。
「新神高等学校二年A組佐藤ナナ……確かに書いてはあるが…」
「見せてください」
「ああ」
夜神が竜崎に手帳を渡す。
受け取った彼は、それを二本指でパラパラと捲り、粗方読み終わるとテーブルの上に置いた。
「こんな物はいくらでも偽造できるので、証明にはなりません。制服もです」
竜崎の言葉に、ナナはむっと眉を寄せる。何故こうも自分を疑うのかがわからなかったのだ。
「偽造なんかしてません、する必要がどこにあるんですか。大体、何で私をここまで疑うんです? 人を容疑者か何かみたいに……」
最後の一言で皆が静まり返る。
何も言わない捜査員達に戸惑い、困惑しながら彼等を見ていると、向かいに座る竜崎が口を開いた。
「……では、単刀直入に聞きます。あなたはキラですか?」
「竜崎……!」
捜査員達の間に緊張が走る。
空気が変わったことに当惑しつつ、ナナは質問に答えた。
「キラって……Killer、ですか? 人を殺したことはありませんけど……」
「……キラを知らないのか?」
「はい……」
夜神の言葉に躊躇いがちに頷くと、相沢が突然テーブルに手をつき、勢いよく立ち上がった。
「とぼけるのはよせ! お前の芝居に付き合っている暇はないんだ!!」
彼の怒鳴り声に驚き、呆気にとられていたナナだったが、やがて反発するように声を上げた。
「とぼけてません、本当に知らないんです!」
「信じられるかそんなこと!!」
「ま、まあまあ、落ち着いてください……」
「そうだ、落ち着け相沢」
睨み合う二人の間に松田が割って入り、夜神が相沢の肩を叩く。相沢が渋々腰を下ろすと、黙ってナナを観察していた竜崎が口を開いた。
「……とりあえず、ワタリが帰るまでは保留です。先に皆さんがキラではないかの確認をします」
「……ワタリさん?」
聞き覚えのある名前にナナが思わず反応する。彼を知っているような物言いに、皆が一斉に疑問の目を向けた。
ナナは動揺しながらも、自分の知っているワタリなのかを確認しようと竜崎に問う。
「あの、ワタリさんて、眼鏡を掛けてお髭を生やした方ですよね? 英国紳士の」
彼は微かに目を見開いた。
「何故それを……?」
「その、お会いしたことがあって……」
当たっていたことに安堵したナナは、知っている事をできるだけ話そうとする。
「竜崎くんの家は資産家で、お抱えの運転手がいるんです。それがワタリさんで……車に乗せてもらった時に、紹介されました」
竜崎は親指を咥えながら彼女を見つめ、呟いた。
「本当、かもしれませんね。あなたの言うことは……」
「当たっているのか?」
「ええ」
頷いた彼に納得できず、松田が問い掛ける。
「何処かでマスクを脱ぐところを見たんじゃ…?」
「有り得ません」
竜崎が首を振った。
「彼がそんなミスをするとは思えません。それ以前に、この少女が何故ワタリを知っているのかが問題です」
「あ、確かに……」
松田が頭を掻く。Lの存在はキラを特定するためのテレビ放送で公にされたが、ワタリの存在は警察の上位関係者でないと知る事は出来ない。
皆が難しい顔で黙り込む中、竜崎は足を椅子から下ろし立ち上がった。
「……しかし、身元の確認が取れるまでは何とも言えません。それまで彼女には別室で待機してもらいます。こちらへ」
ナナは竜崎の後をつき、別の部屋へ入った。
「ここに座ってください」
竜崎は一番奥にあるソファの前で立ち止まり、ナナを促すように振り返る。ナナが腰掛けると、彼はごそごそと何処からか手錠を取り出して言った。
「一応逃げ出さないよう手錠を掛けます。いいですね?」
「……はい」
有無を言わさぬ口調に、ナナは頷くしかない。
前に出した彼女の両手首に、カシャンと錠を掛けられる。もう一つの錠を取出し足元に屈んだ竜崎に、ナナがそっと声を掛けた。
「あの、聞きたいことが色々あるんですが……」
「はい、こちらからも色々と質問があります……が、それは後です」
足首に錠をはめた後、竜崎は立ち上がる。
「恐らく朝まで外せないと思いますが、我慢してください」
「えっ……?」
「トイレに行きたくなったら呼んでください。それでは、また」
彼は部屋を出て行き、後には呆然としているナナが残された。朝まで手足が使えない状態でいろということだ。
(仕方ない、か……)
ナナは深く息をつくと半身を倒し、ソファに横になった。手錠の鎖がジャラリと無機質な音を立てる。錠の重さが、彼女に自分が容疑者として疑われていることを教えていた。
彼等が警察なのだとしたら、この先、自分はどうなるのだろう。きらびやかなシャンデリアに照らされ、鈍く光る錠を見つめながらナナは考える。竜崎さんは少し信じてくれたようだったけれど、夜神さんたちは……。
捜査員達の険しい目を思い出し、ナナは振り払うようにぎゅっと瞼を閉じた。またあんな目に晒されるのか。
(……戻りたい)
この世界の人々は、ナナの知っている彼らとは違った。顔ではなく、雰囲気がだ。教師でなく警察なのだから、違って当たり前なのかもしれないが。
(もう一度眠ったら、元の世界に戻れるかも……)
ふとそんな考えが浮かんだが、到底眠る気にはなれなかった。
2012/11/15
20180726